【S.楽園への科学】なぜヒトは肉を焼くのか(人類とメイラード反応の関わり)

皆さん、お元気ですか。

本日は、表題の通り、地球上で人類のみに許された「肉を焼く」という行為の意義とその在り様について一稿を割こうと思います。そして、それは結果として「焼く」という行為と表裏一体となっているメイラード反応(マイヤール反応[1]とも呼ばれる)という化学反応について詳しく見ていくことにもなるはずです。

目次

はじめに
食文化の中のメイラード反応
和食の中のメイラード反応とその応用
メイラード反応とは
その他の褐変反応
温度、アミノ酸、糖の各組み合わせによる香りの違い
揮発性成分生成に影響する要素
メイラード反応と心
最後に

はじめに

実証されている限りにおいて、初期ヒトによる火の利用は12万5千年前に遡ります[2]が、そもそも、われわれ人類は何故に食べ物に火を通すのでしょうか。
理由は大きく三つ。
一つは安全性。二つ目は栄養摂取の効率化。そして三つ目は食味の向上と感動の創造です。
この三つ目の目的に大きく関与しているのが、メイラード反応という科学反応です。
メイラード反応は、近年の科学調理ブームにより、実によく聞くようになった言葉です。
しかし、実際にはメイラード反応には(というよりも、より広義の褐変反応全体が)謎に包まれた部分が多く、科学的にも未解明の部分を多分に含んでいます。
今回の稿では、もちろん「焼く」という行為に伴うメイラード反応を扱うとともに、メイラード反応の起きづらい「生食」や「茹でる」という行為にもメイラード反応を絡め、各国の食文化の中でのメイラード反応の重要性、さらにはメイラード反応生成物である香気が「心」に与える影響について掘り下げて参ります。

食文化の中のメイラード反応

メイラード反応はいわゆる「香ばしいかおり」を生成する反応経路のことで、人が「美味しい」と感じることに極めて大きな役割を果たすものです。個人的には、標準的なレシピの中でのメイラード反応の有無は、その料理が世界的に広まるかどうかの、ひとつの指標となると考えています。
このメイラード反応を軸に料理全体を体系化してみると、その調理法を二分することができます。
食材そのものにメイラード反応を起こさせる調理と、食材に調味料としてメイラード反応反応を伴った原料を加えるものです。
言い換えると、食材を直接焼くないし炒めることをする料理と、料理の途中ないし最後にメイラード反応を経た調味料、例えば醤油・ナンプラー・ニョクマム・豆板醤・オイスターソースなどを加える料理に分けられます。
そして、この体系分類は、概ねアジア料理とその他の料理を分割することにもなるようです。
具体的に見てみると、世界各国の料理では、ステーキであったり、ローストであったりはもちろんそうですし、煮込んだ料理も基本的に事前に肉ないし野菜を炒める・焼くといった工程が入っている場合がほとんどです。
一方で、アジア圏の料理では、煮込み料理・茹で料理でも、食材そのものには焼き・炒め作業を加え無い場合があります。その場合、醤油やナンプラー、オイスターソースなどを補い、味・香りを加えてバランスを整えます。

和食の中のメイラード反応とその応用

この点で、和食は特異な世界観を築いています。
刺身、しゃぶしゃぶはもとより、牛肉ごぼうや筑前煮と肉じゃが[3]の味付けの違いを観察するにつけ、その洗練と妙に感嘆します。
刺身には当然、醤油や場合によっては酢味噌をつけますが、醤油や味噌は常温でメイラード反応を起こした調味料の代表格です。しゃぶしゃぶにも、醤油をベースにしたポン酢だれか胡麻だれ(この胡麻は基本的には炒ってあり、メイラード反応を経ています)を使用します。
また西氏のレシピを参考にすれば、牛肉ごぼうや筑前煮など、炒めても差し障りのない食材が入っている場合には、牛肉・鶏肉は煮るだけに留め、肉じゃがのジャガイモのように炒めづらいものが相方の場合には、牛肉を炒めるという気の配りようです。そして、かぼちゃや魚の煮付けなど基本食材が焼きづらい場合、煮汁に醤油を加え、さらに煮詰めることで香気の濃縮を行います。
どのような形にしても、和食の場合、うまくメイラード反応による香気生成物を料理の中に組み込んでいます。
これが各国料理の場合、カルパッチョやセビーチェやタルタルステーキなどを例に挙げると、その調味にメイラード反応が関与していません。そして、これらの料理が、その食材もしくはその国の料理のメインストリームに上がることは少ないです。カルパッチョに関しては、日本以外では牛肉を使うことが主で肉料理の主役にカルパッチョが上がることはまず無いですし、日本においても魚のカルパッチョが刺身を超えることはないでしょう。
一方で、メキシコ料理のモーレ・ポブラーノやトルコ料理のケシケキなどに関しては、茹で鶏・蒸し鶏を使いますが、ソースや調味料にモーレの場合チョコレートや炒りナッツ、ケシケキの場合には焦がしバターを加えて香気成分を組み込んでいます。この点で、これらの料理は非常に洗練されていると見ることもできるのではないでしょうか。
mole_17097モーレ・ポブラーノ
Kashkak_170917ケシケキ
これらを参考にして、カルパッチョやセビーチェ、タルタルステーキのレシピを見直すならば、カルパッチョ(日本以外)やタルタルステーキの場合、濃く煮詰めたフォンドボーをソースに加えることを推奨します。香ばしさと濃度がプラスされ、口に入れたときの食味の厚さが変わります。カルパッチョ(日本)やセビーチェの場合、燻製にしたオリーブをオーブンで焼き、ミキサーで粉末にしたものをかけると風味が増します。

メイラード反応とは

メイラード反応は別名、褐変反応の中でも糖化反応とも言い、食品中に含まれる還元糖(ブドウ糖や果糖)がアミノ化合物(アミノ酸やタンパク質)に結合することで褐色を呈する多段階反応のことを指し、多くの加熱食品の香気生成に大きく寄与しています。
言うなれば、鼻で感じる「美味しさ」に、決定的な影響を与える反応のことです。

しかしながら、詳細な反応経路については前述のとおり不明な点が多く、Hodgeの提唱した機構[4]のように反応中間体が必ずしも検出されるわけでもない[5]ようなので、ここでは詳しい言及は避けます。
ただし、この糖化反応(メイラード反応)は生体内でも自然発生し、老化現象、認知症、癌、高血圧、動脈硬化症などにも関与していると考えられている糖化最終産物(advanced glycation endprpducts:AGEs)と呼ばれる一群を生成します。
さらに、このAGEsは、食品のメイラード反応に伴って発生したものを摂取した場合でも、体内に10%程度吸収されることが報告されています[6]。
ages_170917
図1 AGEsの代表的な化合物

つまり、我々人類はある種の毒を美味しいと感じるわけですが、AGEsに限らず、食品として摂取するもの、体内で反応生成される物質には膨大な種類があり、それらに化学的な性質がある以上、毒になったり薬になったりするのは致し方ないことで、それを前提に生体には修復機構などがインストールされていて、動的平衡を保っていると考えるべきで、食べ物一つ一つの効能や性質などを過度に論う(あげつらう)のは、詮無いことだというのが、こういうところでも分かる気がします。

このメイラード反応は、生体外の常温においても(しかしゆっくりと長時間を要して)進行しますが、一般的に高温になるにつれ、また加熱時間が長時間になるにつれ生成香気は強くなります。ただし、同時に刺激的な焦げ臭も強くなる傾向にあるので注意が必要です。
また、この反応は中性からアルカリ性において高い反応性で進行しますが、実際の調理においては、アルカリ性環境化での調理というのはほぼ存在しないため、中性に近い調理が理想的であると言えます。
これは、酸もタンパク質を変性させますが、アルカリ性物質はタンパク質を変性させ、さらに加水分解するため、人体にとって有害とみなされ、pHがアルカリ性(巷間でいう「アルカリ性食品」とは違います)のものを口に入れると舌が「不味い」と感じるためです。具体的には、重曹を口に入れたときに、人がエグみを感じるのが、これに当たります。
つまり、pHが6付近と比較的pH値が高いバターでアロゼを行うという調理が、メイラード反応の進行という意味では理想的であると言えます。ただし、香気に係わる揮発性成分生成に影響する調理条件については、詳細を「揮発性成分生成に影響する要素において後述します。

その他の褐変反応

前項において、メイラード反応は褐変反応の一部である、というような話をしましたが、以下にその他の褐変反応を列挙いたします。
カラメル化反応
糖類が100℃以上に加熱されることで褐変を起こす反応。アミノ化合物と糖類が反応し褐変するメイラード反応とは区別される。
紅茶の色調
茶葉に含まれるエピガロカテキンとエピカテキンという2種のカテキンが茶葉内の酵素によって酸化されテアフラビンという赤い色素になります。その他、テアルビジンという複雑なポリマーも赤い色素として紅茶の色に重要な役割を果たしていると考えらていますが、分離検出が困難なため、あまり研究が進んでいません。一般的には、これらの色素がさらに反応をすすめ、カテキン類の重合体を形成し、色調に影響を与えると考えられています。
リンゴ、バナナなどの変色
食品中に含まれるエピカテキンやクロロゲン酸などのポリフェノールが酵素によって酸化、重合し色素が生成されます。その他、セージやローズマリーの抽出物にもポリフェノールとしてカルノシン酸やカルノソールが含まれ、これらは非常に高い抗酸化性を示すことが知られています。
メラニン
シミの原因として知られるメラニンは、アミノ酸であるチロシンがチロシナーゼという酵素によってL-ドーパ、L-ドーパキノンへの反応をすすめ、ドーパクロム、インドールキノンを経てメラニンを生成する。

温度、アミノ酸、糖の各組み合わせによる香りの違い

メイラード反応によって生成される香気は、糖というよりもアミノ酸の種類の違いによって異なります。
しかし、還元糖とアミノ酸の組み合わせから想定される香気成分は膨大かつ生成過程や生成分量も複雑で、例えば、出力としてこの香りを再現したいからこの調理条件を入力する、といった形でメイラード反応を利用することはほぼ不可能だと考えられます。
なぜならば、例えば、宮澤[7]の研究によれば、
還元糖としてグルコースアミノ酸としてグリシンを用いてメイラード反応を起こすとトリメチルピラジンや2,5-ジメチルピラジンが生成し、これはナッツ香や肉様の香りを呈しますが、
グルコースグリシン―グリシンのジペプチドのメイラード反応では5-ヒドロキシメチル-フルフラールやフルフラールが生成され、バターやキャラメル様の香気となります。

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図2 メイラード反応モデル系で生成する揮発性化合物群

図2に示すようにメイラード反応生成物として同定されてきた揮発性成分の中でさえ、このように同様のアミノ酸でも、ペプチド結合をしているか否かによっても香りの生成が変わってしまうほど複雑な機構となっている上、食材に含まれるアミノ化合物や糖類も多数であるため、これを予測することはほぼ不可能といってもいいでしょう。
一方で、揮発性成分には、糖、アミノ酸の種類・組成比、加熱温度・時間、反応系の水分などにより生成パターンがあり[5]、これらの化合物群のうち、匂い閾値が極めて小さく特徴的な香気を示すものが多いため、多種の加熱食品の香気に対して大きな寄与を果たしているヘテロ環状化合物について分類をしてみようと思います。
(1)フラン、フラノン、ピロン類
糖とアミノ酸を加熱すると、カラメル様の好ましい甘い焦げ感が生成されます。これらの香気が主にフラン類によります。フラネオールやフルフラールなど、それ自体で加熱食品のフレーバーにも大きく寄与をする上、さらにメイラード反応に関与し香気成分を2次的に生成します。
(2)ストレッカー分解物
メイラード反応により生成する香気の差は、一義的にアミノ酸の種類の違いの影響を大きく受けることは先述しましたが、これはアミノ酸のストレッカー分解の影響によるところが大きいようです。ストレッカー分解は、アミノ酸から炭素が1少ないアルデヒドを生じる反応です。一般的にアルデヒドは特徴的な香気を有し、閾値も比較的低いため、加熱食品の香気生成に大きな影響を及ぼし、さらには他成分と2次的な反応を起こし、多くの揮発性化合物の生成に関与します。例えば、焙煎カカオ中に見いだされた5-methyl-2-phenyl-hexanalは苦みのあるココア様の香気を持ち、チョコレート香気に寄与しているとされています[8]が、この化合物はロイシン、フェニルアラニンのストレッカー分解で生成する2-methylbutanalとphenylacet-aldehydeとのアルドール縮合で生成されたものと考えられています。
(3)ピロール、ピリジン類
ピロール類も焙煎コーヒー豆などのフレーバー成分として多数見いだされており、一般にベンズアルデヒド用の香気を持つものとされていますが、さらに甘いコーン様の香気やカラメル様の香気など、より好ましい香気を示すものもあります。ピリジン類は独特の香気をもち、一般的にはむしろ不快な臭いとしてとらえられていますが、希釈すると脂肪様の香気を示すものもあります。
(4)ピラジン類
ピラジン類はメイラード反応で生成する主要な揮発性成分です。コーヒー、チョコレート、ナッツ、ビーフなどの焙焼食品の”香ばしい”香りの重要な構成成分として見いだされています。アルキルピラジン類は、一般的にローストナッツ様の香気を有し、これはいくつかの生成経路が同定されています。
(5)イミダゾール類
イミダゾール類は主に糖-アミン系のモデル反応系から見いだされていますが、実際の加熱食品からの同定例は多くありません。
(6)オキサゾール類
オキサゾール、オキサゾリン類も、メイラードモデル系、加熱食品中にはそれほど多くは見いだされてはいませんが、特徴的な香気を示すものもいくつか知られています。グリーンな甘いナッツ様香気を示す2,4,5-trimethyloxazoleは缶詰ビーフシチューから見いだされています。
(7)チオフェン類
含硫アミノ酸単独、またはグルコース、キシロース、リボースのような還元糖との加熱反応系から多数のチオフェン類が同定されています。
(8)チアゾール、チアゾリン、チアゾリジン類
システイン・シスチンと糖の加熱反応に由来すると考えられている含硫・含窒素環状化合物としてチアゾール類があります。チアゾール・チアゾリン類は、一般にグリーン、ナッツ、オニオン、ローストミート様などの香気を示し、野菜類や加熱肉の特徴的な香気成分とされていることが多いようです。一方、チアゾリジン類は、加熱食品香気成分中には見いだされていないようです。
(9)環状ポリスルフィド類
環状ポリスルフィド類は、オニオン、ガーリックの特異臭の一部であり、またミートフレーバー中の特徴的香気成分として知られています。
P1010549

揮発性成分生成に影響する要素

メイラード反応により、様々な香気成分が生成されることは、すでに前述していますが、この生成過程においては、加熱温度・時間、pH、系の水分含量、油脂の存在の有無も大きく影響をします。
(1)加熱温度・時間
加熱温度・時間の系に与える影響については、様々な研究報告があるようです。グルコースとロイシンを90~200℃で加熱反応した場合に生じる全揮発性成分量は140℃まではやや減少し、それ以上の温度では著しい増加を示すようです。時間に関しては、フラネオールとシスチンを加熱した研究が示すように、生成物によって結果がまちまちとなり、統一的な見解を得るのが難しそうです。水溶液で2時間160℃で加熱した場合には、2,4-hexanedione、3,5-di-methyl-1,2,4trithiolane、thiophenonesは加熱時間1時間で生成量最大となり、2-acethyl-thiazoleは時間とともに生成量増大し、acetol acetateは減少します。グリセリン中加熱では、長時間加熱で環状化合物の生成が起こりやすくなります。
(2)加熱反応系のpH
フラネオールとシステインの水溶液中の加熱反応生成物へのpHの影響を調べた研究によると、全揮発性成分の生成量はpH5.1で最大であったようです。pH2.2ではピラジン類は生成せず、pH5.1で3,5-dimethyl-1,2,4-trithiolaneの生成割合が多く、全香気成分の25%を占めました。pH7.1において多成分が生成され、ピラジン類はpH7.1の場合のみ生成しました。リボースとグリシン、リジン、システイン、メチオニンの加熱反応生成物へのpHの影響を調べると、pHの影響は三つのパターンに分けられます。ピラジン類、ピリジン類、脂肪族硫黄化合物のように、pHの上昇で生成量が増加するパターンと、逆に減少するフランチオール類、フルフラール、メチオナール、pHの影響の少ない含硫ヘテロ環状化合物、フランメタノールです。
(3)系の水分の含量
フラネオールとシスチンの加熱反応など、(1)で前述したように反応系の水分、媒体の種類によって生成パターンが異なる場合があり、チアゾール類は水分含量が高い方が生成しやすく、チオフェン類、環状ポリスルフィド類は水分含量75%で最大生成量を示しました。
(4)系の油脂の有無
油脂は食品中にほぼ普遍的に存在しており、食品の加熱香気生成に大きく関与しています。油脂はそれ自体でも加熱分解、酸化分解により揮発性成分を生成しますが、反応媒体としても生成物に影響を与えます。バリンまたはロイシンとフルクトースをカカオバター-水混合系で加熱し、水系の場合と比較した実験によると、前者の系での加熱の方が2-methylpropanalまたは2-methylbutanalの生成量が多く、油脂存在下の方がストレッカー分解速度が速いことが示されています。
また、奥村ら[9]がシステインとヒドロキシアセトンを油脂、グリセリン、または水中で加熱し生成香気成分を比較した結果を図3に示しますが、反応溶媒の種類の違いにより、生成物にかなりの違いがみられています。油脂、グリセリン系ではピラジン類の生成が最も多く、水系ではピラジン類の生成は少なく、1-mercapto-2-propanoneが主生成物でした。

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図3 システイン-ジヒドロキシアセトンの異なった反応溶媒中加熱により揮発性成分

メイラード反応と心

前述のように、人間にとってメイラード反応により生成される香気は「美味しさを感じる大きな要素の一つ」であり、食材に香りを持ち込むのは、メイラード反応か油脂である場合がほとんどです(香気成分は脂溶性のため)。
しかし、これはメイラード反応の側面の一部に過ぎません。宮澤の研究によると、食肉タンパク質分解物中のペプチドとキシロースのメイラード反応で生じる香気成分である2,5-dimethyl-4-hydroxy-3-furanone(DMHF)と5-methyl-pyrazine-2-methanolには、ラットの血圧を低下させるリラックス作用があると考えられています。他方、グリシン・グルコース系メイラード反応で生じる生成物において、DMHFと2,3-dimethylpyrazineの濃度勾配が脳波に与える影響についても観察されています。あらかじめ脳波のメルクマール(指標)について解説しておくと、α波は安静にしているときや、リラックス状態にあるときに見られる脳波で、β波は覚醒状態、時に考え事をしているときや、周囲に注意を払っているときに見られる脳波です。2,3-dimethylpyrazineでは呈示した濃度すべてでラットのα波の上昇とβ波の減少が観察され、一方でDMHFでは濃度によって脳波への影響が異なるという結果が得られました。特に、低濃度DMHFではα波の上昇とβ波の減少が見られ、高濃度DMHFではα波の減少とβ波の上昇が見られました。
合わせて、pH7環境下のグリシン・グルコース反応生成物ではα波の上昇とβ波の減少が誘発され、沈静作用があることが判明し、pH9環境下の試料香気ではα波の減少とβ波の上昇を誘発し、覚醒作用を示しました。
上記に示した結果は、あくまでもラットにおけるin vivoの系ですが、メイラード反応が動物の「心」に与える影響をみるという点で意義深く、特に中性pHに比べて動物に危険とされる塩基性状態の香気試料に対して、脳波が覚醒・興奮状態になるというのは非常に興味深いものです。
つまり、味だけでなく、メイラード反応を介した香気成分で、我々は人の心も動かせるという可能性が上記から示されているわけです。

最後に

前述したように、欧米において食材、とくに肉や魚を生で食べるといった習慣はあまりなかった一方、日本においては魚の刺身や寿司、馬刺しなど、生食文化が花開いてきました。また、牛肉を食べる、ということに関しても、日本では湯通しをしただけで食べる「しゃぶしゃぶ」という料理法が市民権を得ています。

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これは、保存性と香気成分そして適度な濃度を同時に兼ね備えた醤油という調味料を手にしていたことで生まれた奇跡です。フォンドボーなどは、保存性が低いために作り置きがし辛かったですし、オイスターソースなどは濃度が濃すぎるため、食材に合わせた柔軟な使い方ができません。その点、醤油は自在に濃度を変えることで、脳波を通じて我々の心に呼びかけることができるのです。
しかし、時代は下り、フォンドボーなどの保存性も冷凍技術や殺菌技術の発展により改善され、またロータリーエバポレーターなどを使えば、加熱時間に係わらず香気濃度を変えられる時代となっています。醤油が築いてきた独自の文化を、他の食材や調味料、他の文化的土台の上で再現・発展させる目の前に可能性がひろがっているのです。

[1]臼井輝幸(2015). 食品におけるメイラード反応 日本食生活学会誌 26, 7-10.

[2]http://www.beyondveg.com/nicholson-w/hb/hb-interview2c.shtml

[3]西健一郎(2008). 日本のおかず 幻冬舎

[4]J.E. Hodge(1953). J. Agric. Food Chem., 1. 923.

[5]奥村烝司(1992). メイラード反応によるフレーバー成分の生成 食品工業 1.30., 41-52

[6]Koschinsky T. et al.(1997). Proc Natl Acad Sci U S A., 94(12). 6474-9.

[7]宮澤陽夫(2016).メイラード反応の機構・制御・利用 シーエムシー出版

[8]T. Shibamoto et al.(1981). J. Agric. Food Chem., 29. 643.

[9]J. Okumura et al.(1990).  Agric. Bio Chem., 54. 1631.

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