(2016/3/20 23:27 下線部分(主として要約部分)追記しました)
皆さん、お元気ですか。
本稿では、表題のとおり調理するにあたり理解しておいた方が良いと思われる、タンパク質の物性について、一稿を割きたいと思います。タンパク質は、炭水化物、脂質と並ぶ三大栄養素の一つであり、調理対象としても最も多様なのではないかと思われるので、掘り下げて参ります。
【要約】
食肉製品の調理においては、これまでミオシンとアクチンの変性温度の違いによって調理後の食感・食味に違いが生じることが言われてきたが、詳細に過去の知見をひもとくと実際にはミオシンモノマー及びF-アクトミオシンの形成するゲルの熱変性状態とpHの違いが食感・食味に大きな違いをもたらすことが示唆される。
ミオシンモノマーにおいては60-70℃がゲル構造の形成に最適であり、アクトミオシンゲルにおいてはpH6かつ65℃がその微細構造の形成に最適であると思われ、それ以上の温度だとゲルの網目状構造は凝集体を形成し、食感・食味を損なう。
また昇温速度はゆっくりな方が好ましく、バターはpH6付近であるため、ポワレやロティを行う際にも焼いては休ませるといった火入れやバターによるアロゼは理にかなっていると言える。
【調理におけるタンパク質】
まず、調理におけるタンパク質としてすぐに思い浮かぶのは「食肉」でしょう。和牛などの例外はありますが、ほぼ水とタンパク質の塊です。今回も、食肉中のタンパク質に焦点を当てます。
そして、食肉中のタンパク質の60%を占めるのが筋原線維です。ですので筋原線維の性質と応答を考えることは調理において非常に重要です。
【筋原線維とは】
筋原線維とは、一言でいうと「サルコメア」という最小単位の集合です。
そして、「サルコメア」は主に「アクチン」と「ミオシン」という二種類のタンパク質で構成されています。
図) (「生物Ⅱ」第1部、第4章、第1節 啓林館)より抜粋、一部改変
そして筋肉は、「ミオシン」が「アクチン」をたぐり寄せることによって収縮し、筋力を発揮します。
【ミオシンの温度応答】
このミオシンの変性が調理において重要となります。ミオシンには単量体(モノマー)と、二量体(ダイマー)を形成した後、さらに鎖状に結合したミオシンフィラメントの二種類の形態が存在します。ミオシンは筋肉中ではおもにフィラメントを形成していますが、ミオシンフィラメントの様々な化学反応が素材の食感、食味を左右します。
調理に対して科学的なアプローチをしたJeff Potterの「Cooking for Geeks」をはじめ、ミオシンの変性とアクチンの変性を分けて考え、「ミオシンの変性はおいしいが、アクチンの変性はまずい」という言説を見かけますが、これは高次の立体構造を考えると、首をかしげざるを得ません。そもそも、ミオシンとアクチンの筋原線維中の存在比率は40-60%[1]および20%と考えられ、ミオシンの高次構造の熱変性が素材の食感や水分の抱合に与える影響の方が大きいのです。
では、詳しく見て参りましょう。まず、ミオシン単体での温度応答、次いでミオシンフィラメントの温度応答、最後に食肉中を再現したアクトミオシンゲルの温度応答といった順で物性変化も紹介いたします。
【ミオシンモノマーのモデル】
まずミオシンは筋原線維の主要構成タンパク質であり、太いフィラメント構造を持っています。ミオシン分子は、1本の尾部とその一端に2つの頭部をもつという特徴的な形状をしています(図1-a)。
1985年に安井と鮫島[2]は、高塩濃度・弱酸性(0.5M KCL, pH 6.0)という条件下、すなわちミオシン分子がモノマーとして存在するような条件で加熱によるゲル化機構のモデルを発表いたしました。
これによると、43℃付近で頭部間での凝集反応が生じ始め、55℃付近で尾部間での架橋結合が生じ、60-70℃で網目構造の形成に至り、ゲルの網目構造は頭部凝集体から延びる尾部の加熱変性体によって形成されるとしています。しかし、山本[3]によると、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したゲルの構造からは、凝集した粒子が数珠状に連なったことにより網目が形成されるとしています(図1-f)。
【ミオシンフィラメントのモデル】
翻って、ミオシンは低塩濃度下においてはフィラメントとして存在し、フィラメントの状態でも加熱によってゲルを形成します。このときの構造はモノマーミオシンによって形成されるaggregatedゲルとは違って線維状の網目からなっておりstrand typeと呼ばれます。
加熱されると、ミオシンフィラメントは同一フィラメント上で頭部の会合が起こり、さらに他のフィラメントが近傍にあるとフィラメント間において頭部の会合が起こります(図2-b)。この束をストランドとよび、さらにストランドが交差する箇所においては架橋が形成され、最終的に網目構造からなるゲルが形成されることとなります(図2-c)。
また、岩崎[4]によると、ミオシンフィラメントのゲル構造は55℃のときに最大の弾性率を示し、それ以上の加熱温度では低下していきます。
【アクトミオシンゲルのモデル】
さらに、食肉および食肉製品中では、大部分のミオシンはアクチンとともにアクトミオシンとよばれる結合体を形成しています。アクチンは単独ではゲル化しませんが、ミオシンモノマーとともに少量のアクチンが存在すると、一部のミオシンと相互作用したアクトミオシンとして熱変性し、ゲルの網目構造を補強してゲル強度は高くなります[2]。一方、ミオシンフィラメントのゲルは、アクチンによってミオシン頭部同士間の相互作用が競合されてゲルの物性が弱くなります[5]。アクトミオシンとしては、やはり加熱に伴いタンパク質間の相互作用によりゲルを形成します。
食肉製品中では、このミオシンモノマー、ミオシンフィラメント、アクチン、アクトミオシンが分散して存在するわけですが、ここでは食肉製品中の主要タンパク質であるアクトミオシンの加熱ゲル形成挙動を見て参ります。
Fujitaら[6]によると、豚もも肉より精製したアクトミオシンは加熱によりゲルを形成するが、昇温速度と最終到達温度によって、形成されたゲルの形状は異なるとされています。
同じ75℃到達の恒温加熱ゲルにおいても、9℃から1℃/minで75℃まで徐々に加熱して形成したゲル(Fig. a)とそれよりも速い速度で75℃まで加熱したゲル(Fig. b)、110℃まで加熱したゲル(Fig. c)および130℃まで加熱したゲル(Fig. d)ではゲルの微細構造が異なります。
昇温速度の遅いゲルでは、細い線維状の微細構造(strand type)からなり、昇温速度の速いゲルでは球状の凝集体による微細構造(aggregated type)によって形成されていました。
以下のTableは、SEM加増の画像解析処理によって得られた画像パラメーターと物性パラメーターの関連性を、重回帰解析により評価したものです。
これによると、構造に対する破断弾力性と離水率から、大きな凝集体による太く緻密性に欠けたネットワーク構造を持つゲルは低い物性を示すことが示唆されます。簡単に言い換えると、加熱速度が速いか加熱到達温度が高いと、ゲル内で大きな凝集体を形成し、弾性は低下し、離水率は高くなることによって、ボソボソとした食感になっていくということです。
Fujitaらによる実際の豚もも肉のウェスタンブロット法では、未加熱の場合と75℃昇温ゲルでは組成にほとんど違いがなく、ミオシンモノマーとF-アクトミオシンによって構成されていたようです。一方で、120℃加熱ゲルでは、アクトミオシン成分の著しい減少と合わせて、前2者では見られない巨大分子成分が見られることから、巨大な会合体が出現することが分かります。
最後に、Liuら[7]による鶏モモ肉の熱誘導アクトミオシンゲルの動態観察によると、他イオンの存在・非存在に関わらず、pH6かつ65℃前後でアクトミオシンゲルの剛性は最も高まることが示されています。
ここで、温度とともにpHが重要なパラメーターとして登場してきました。pH6というのは、牛乳、尿、唾液中のpHです。バターもpH6.1~6.4と言われています。あと、蒸留水もその過程で空気中の二酸化炭素が溶け込むため、pH6近くになります。水道水はpH7です。
(*)但し、ここで「弾性率」や「剛性」が大きいことを、我々が日常用いる「かたい」と混同してはいけません。弾性や剛性は、物体に外力を加えると変形し、外力を取り除くと元に戻る性質のことなので、しばしば「バネ」によってモデル化されます。うまく焼き上がった肉も、押すと弾力を持って押し返してきます。逆に、ヒトの血管は高齢化によって弾性が失われ、「かたく」てもろくなります。
【結論】
ここからみると、やはり「ゆっくりとした”火入れ”」というのは、理にかなっているといえます。
まず、ミオシンモノマーにおいては60-70℃が網目形成に適しており、ミオシンフィラメントは55℃から物性低下が始まります。アクトミオシンに関しては、75℃でも物性低下は見られませんが、アクトミオシンゲルの剛性の最大値は65℃前後です。
また、タンパク質の変性に関しては、肉の種類や部位によっても、タンパク質の組成や相互作用が異なり、一概に何度から変性状態になるとは言えないものですが、一つの指標としては、65℃前後の火入れを軸としつつ、やはり食肉製品の安全性から逆算して、中心部63℃30分の加熱を達成するために、恒温調理をする場合には63~65℃の中で24時間というのが、最適でしょう。それ以下の温度では安全性のリスクが生じますし、それ以下の時間ではコラーゲンやタンパク質の分解が追い付かず、かたいです。可能な限り低い温度でゆっくり火入れする。これが基本です。
そこに、154℃以上で調理した場合に調理表面にメラノイジン(褐変物質)を生じさせるメイラード反応で風味を増すなどの手技を組み合わせます。
ポワレやロティなどでは、例えば5分焼いて5分休ませるなどのことを行いますが、これは表面は高温でメイラード反応を起こしたいが、中はゆっくりと火入れをしてストランド構造のアクトミオシンゲルを形成したいということに言い換えられます。また、バターでアロゼ(回しかける)をするというのは、pHを6前後にするという意味合いにおいて合理的なのかも知れません(食肉製品の内側までpH緩衝ができるかどうかは疑問ですが)。
因みに、卵においては、卵黄が65℃から顆粒状凝固をはじめ、70℃で完全に固化します。濃厚卵白は約60℃からゲル化をはじめ、75~80℃においてかたいゲルを形成します。ですので、卵黄と卵白をどのように仕上げたいかによって、温度や時間を変化させる必要があります。卵黄は流れ、かつ卵白はカプセルのように仕上げたいのであれば、卵黄の方が完全固化の温度が低いので恒温調理は不向きであるといえます。
以下、参考文献を列記して、この稿を終えたいと思います。
[1]岡田稔 (2008). かまぼこの科学 成山堂書店 および 船引竜平 (1975). 筋肉蛋白中の3-メチルヒスチジン–代謝回転の指標としての有用性(今日の話題) 化学と生物 日本農芸化学会 13, 426-427.
[2]安井勉, 鮫島邦彦 (1985). New Food Industry. 27, 81.
[3]山本克博 (2008). 筋肉タンパク質ミオシンの加熱ゲル化機構の新たな展開(今日の話題) 化学と生物 日本農芸化学会 46, 748-750.
[4]岩崎智仁 (2010). 肉製品の結着性 シーエムシー出版
[5]T. Ishiorishi, K. Samejima and T Yasui (1983). Agric. Biol. Chem., 47, 2809
[6]T. Fujita, T. Hayashi and S. Haga (2006). Research on change of physical properties of the actomyosin gel by retorting. Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi, 53, 423-429.
[7]X. Liu, M. Ishioroshi and K. Samejima (1994). Effect of FeCl3 on heat-induced gelation of checken breast actmyosin. Anim. Sci. Technol., 66, 239-243.
Bistro2983 Chef Patron
Master of Life Science 生命科学修士
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